その頁を紐解けば遠い虹のむこうに埋葬されたわたしのなかの《少女》が騒ぐ。そんな書物がある。 女のからだはお城で、そこにはひとりの少女が棲みかくれんぼをしているといった詩人がいるけれど、わたしのなかで微睡み、つぎはいつ起きるのか、あるいはもう永遠にその瞼は閉じたままなのではないかと思われていた《少女》が、そこに刻まれた文字を読みたいがために目を覚ます。そんな本が。
点滴堂というブックカフェの白い本棚にならばれているの数多の書物たちから林あまりの『ガーリッシュ』を手にとったのは彼女の歌集をそれまでにいくつか読んでいて、たとえば『最後から二番目のキッス』.のなかにおさめられていた“産むあてのない娘の名まで決めている 狂いはじめは覚えておこう”という歌の鮮烈さが、その歌を知ったその瞬間からなにかのまじないのようにわたしのなかに棲みついていて、その衝撃のために感想にもならない感想を綴ったことがある。
「この肉体は廃墟になってしまいました。わたしの心から発火したあの炎のなかで、すべては炎に燃え、愛おしかったあのひとも、精神の電気椅子で黒焦げにしてしまいました。わたしに残されたのは、たったひとつの名前だけ。美しい少女の名前です。あのひととおなじ、湖の瞳をもつはずだった、女の子の。」
点滴堂という場所はある種の《お城》のようで、虹の架け橋みたいな境界のごとき階段をこえたさきにあるそのお店は誰もが《少女》に戻れる空間なのだけれども、そんなブックカフェの本棚に林あまりの名を見かけたことの意外さに、書架をすべっていたわたしの目は彼女の書物の背表紙でとまった。『ガーリッシュ』――林あまりというひとは本にナイフをいれたらどろりとした血が流れるような、《女》という情念みたいなものを魂を封じこめるように歌に閉じこめるひとだとばかり思っていたから、《少女》であることを主題に一冊の本を編みあげられていたことが、わたしにはとても新鮮な驚きだった。
その驚きのために手をのばした歌集の、なんの気なしにひらいた頁に綴られた言葉に、わたしは息を吞まずにはいられなかった。
“「お嬢さん」って呼ばれつづけていたいから めぐる縄とび入れずにいる”
この歌を自分のことだと感じる「お嬢さん」は多いのではないだろうか。
わたしも思わずにはいられなかった。自分のことだ、と。それだけにとどまらず、その歌集におさめられた歌を口のなかで読みあげながら、そのたびにやはりわたしは自分のことを歌われているような気がしてしまったのだ。
眠れぬ夜に白い錠剤のような月を眺めながら、ほんとうはお薬みたいに空に浮かぶそれを呑みこみ睡眠薬のかわりにしたいけれど、それは叶わないことだからと、「これはおつきさまよ」と自分にいい聞かせて白いマーブルチョコを口に入れたことが、わたしにもある。
素晴らしく上等な首飾りを大切に扱いながら、それが大切であるがために壊したくなり、ひきちぎって鏡にむかって微笑む自分にぶつけてやりたい気持ちになったことが、わたしにもある。
この歌集のなか登場する言葉たちは「ガーリッシュ」に彩られている。かすみ草の雪、薔薇の紅茶、白百合のごときあの子の背中。そしてそのうえで、あまりにも《女》なのだ。少女と女のあわいのなかで、その境にある扉を開けたり閉めたりしながら、彼女たちは境界線のうえをゆらゆらと揺れている。この本はその震動のようなもの。その結晶のようなもの。

ガーリッシュ―Poem+illustration=message for you
- 作者: 林あまり,遠野一実
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1999/11
- メディア: 単行本
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